こんにちは。LayerX AI・LLM事業部でプロダクトマネージャー(PdM)とBizDevをしている河野です。
この連載はその名の通り「LayerXのエンジニアのブログ」ですが、僕はエンジニア出身ではありません。
大学は社会科学部で、哲学や歴史などの人文科学や、社会問題や文化人類学などの社会科学を勉強していた、文系人間です。 社会人キャリアとしても、IT系の大手法人営業、デジタル系の戦術コンサルを経て、昨年までの約8年間は仲間と立ち上げた会社の事業責任者として「日本エンタメ業界の収益性を上げたい!」と奮闘していました。(昨年6月にLayerXにジョイン)
そんな僕が、技術者集団であるLayerXの中で、PdMとして生成AIプロダクトの創造に携わることに感じている興奮の一旦を、書いてみたいと思います。
先に書いておくと「生成AI登場前後でのプロダクトの変化を、ここ数十年のIT産業の歴史、コンピュータUIの変遷などに照らして解釈する試みは数多あるけど、多分もっと面白いぞ」という話です。
1. 数百万年の進化のなかで培われた“インターフェース”
1.1 個体同士の意思疎通が生命線
人類は数百万年にわたる進化の過程で、群れ(コミュニティ)を形成しながら社会性を維持してきました。飢えや寒さや外敵から自らや家族を守るためには、仲間同士で相互の意思を正確に伝え合う“インターフェース”が不可欠だったからです。現代の研究では、700〜400万年前には身振りや表情でのコミュニケーションが行われ、200〜30万年前には簡単な音声言語が生まれたのではないか、と考えられています。
1.2 言語という汎用的な発明
こうした長い時間をかけて磨かれたコミュニケーション手段のなかでも、飛躍的な発展をもたらしたのが「言語」です。言語は抽象的な概念までも伝えられる万能インターフェースであり、「火」「狩り」「道具」など、現物が目の前になくても情報や物語を共有できます。これにより人類は文化や技術を急速に蓄積し、文明社会へと至る大きなブレイクスルーを実現してきました。
1.3 それでも、言葉はコミュニケーションのごく一部
とはいえ、人間同士のコミュニケーションにおいて、言語が担う割合はごく一部にすぎません。アメリカの心理学者アルバート・メラビアン(Albert Mehrabian)の研究(*1)はあまりにも有名です。彼によると感情や態度の伝達に関与する要素は、
- 言語情報(Verbal):7%(話の内容・言葉の意味)
- 聴覚情報(Vocal):38%(声のトーン・話し方・抑揚)
- 視覚情報(Visual):55%(表情・身振り・態度)
のように分布します。
*1…俗にいう「メラビアンの法則」。科学的根拠不足に対する指摘や「そもそも彼が調べたのは矛盾したメッセージを受け取ったとき、人はどの要素をより重視するか?を調べたものであり、コミュニケーション全般に適用するのは誤用である」といった指摘もある。ここでは「人間同士のコミュニケーションは言葉だけで成立するものではない」ことを示す一例として取り上げたもので、法則の信憑性を説く意図はない

近年の研究では、さらに歴史の古い匂い(フェロモン)や触覚も、コミュニケーションにおける重要な役割を果たすことがわかってきています。
これらの複雑で総合的な仕組みは、数百万年にわたる生存戦略の中で形成されてきた「人類にとって自然なコミュニケーション」の姿であり、叡智と言えるでしょう。
2. 不自然な「人間とコンピュータ」のやり取り
2.1 なぜ「Slackだと伝わらない」のか
私が2011年に大手企業の法人営業としてキャリアを始めた頃、よくマネージャーから「メールより電話、電話より直接会いに行け」と言われました。例えば同じ「いいですね」でも、文脈や声のトーン次第でまったく異なる意味をもつからです。違和感に気づいて追加の質問をしたり、相手の真意を読み取ったりするには、メールより直接対話のほうが有効でした。

こうした経験は営業職でなくても共感できる人が多いはずです。Slackなどのテキストコミュニケーションでの齟齬からの「会えば早かったのに」という後悔は、もはや現代人の共通経験になっているのではないでしょうか。
2.2 1960年代以降の「なかなか伝わらない」世界
では、コンピュータとのやり取りはどうでしょうか。 1960年代にメインフレームとコマンドラインインターフェース(CLI)が普及して以来、人間は “慣れない言葉で手紙を書くような感覚” でコンピュータを操作してきました(訓練次第で慣れはする)。 GUIが登場しても、マウス操作やアイコン、メニューなど「機械の都合」に合わせざるを得ず、「誤クリックした」「ファイル構造が不明」という問題がつきまといました。
人間が数百万年にわたって習得してきた総合的コミュニケーション能力は、対コンピュータではほとんど無力だったと言えます。

3. AIの登場は何を意味するのか:既存の分析と「さらに大きなパラダイム」
3.1 AIをめぐる多角的な視点
AI(特に生成AI)の社会的インパクトについては、すでに多くのブログや論考が存在します。例えば、1960年代のコンピュータ誕生から始まるCLI → GUI → チャットUIという「コンピュータUI史」に焦点を当て、生成AIがデザイン・開発プロセスを変える様子を考察する試みなどです。こうした論考は、UIの新たなパラダイムへ移行を体系的に整理してくれるので、技術面や実務面でのヒントを多く提供してくれます。
プロダクト開発に携わる者として、そういった情報キャッチアップは怠らないようにしたいですし、個人的にもとても好きなテーマです。
3.2 さらに大きなパラダイムでとらえる意義
しかし、私たちが注目すべきは単に「UIが変化する」「利便性が向上する」という話だけではありません。人間とコンピュータのコミュニケーションそのものが、大きく転換しようとしているからです。 先述したように、私たちは極めて限定的な手段でコンピュータと対話してきました。大規模言語モデル(LLM)の登場は、まだ“言語”という要素のみを解放した段階にすぎませんが、それでも大きな一歩です。最近特に盛り上がりを見せる学習などの自律学習型のアプローチが進化すれば、この流れは一層加速し、従来の「不自然さ」はあっという間に過去の物になるでしょう。
4. 人形遊びとAIがもたらすアフォーダンスの飛躍
4.1 人形遊びが示す「人間型」への共感
僕には4歳と3歳の子どもがいますが、2人とも誰に教わることもなく、人形に名前を付け、人格があるかのように話しかけて遊んでいます。「人間らしい造形」に対して、私たち人類がコミュニケーションの可能性(アフォーダンス)を見出し、幼少期からそれを実体験してきていることは自明です。 こうした擬人化やメディア・イクエーション理論による心理的傾向に関する研究は多く行われ、これまでもプロダクト開発やサービス開発に活かされてきましたが、生成AIの登場はこの文脈に大きな飛躍をもたらすことになるでしょう。 (キャリアの中で日本エンタメ業界に携わっていた自分としては、ぜひ日本のクリエイティブがそのリードを担ってほしい!と考えたりします)
4.2 大きなパラダイム:人間中心から「人間本来」の中心へ
従来の人間中心設計(HCD)は「ユーザに優しいUI」を目指してきましたが、AI時代はそれを超え、「人間が本来もつ総合的なコミュニケーション様式をコンピュータ側がいかに拾えるか」が重要な課題になります。いまだに「人間に合ったUI」と言いながら、実際にはコンピュータに合わせる形だった時代から、コンピュータが人間に近づく転換点が到来しつつあると言えるでしょう。
5. プロダクト設計へのヒント:人間本来の会話を取り戻す
5.1 AIオンボーディングによる人の能力の開放
私たちLayerXでは、生成AIのビジネス実装を「AIオンボーディング」と呼んでいます。人間社会の業務はきわめて複雑かつ文脈依存的で、人間が人間のために作った様々な仕組みによって形作られてきました。その中には「コンピュータのための仕事」も少なくありません。つまり、便利なコンピュータを使うために、人間の本来の能力を制御しながら行う仕事です。 業務の中で生成AIを活用することは「生成AIに活躍の場を与える」と同時に、「人間がコンピュータに気を使わずに本来の能力を発揮できる場」を作ることでもあります。 (しかも、生成AIはコンピュータですので、従来の「なかなか伝わらないコンピュータ」とのコミュニケーションの橋渡し役としても適任です)
5.2 マルチモーダルやインタラクションの進化が楽しみでならない
AIによるデータ解析や自然言語生成は、業務効率化やユーザーサポートだけでなく、プロダクト全体のUXにも大きな可能性をもたらします。特に「非言語情報を含むインタラクション」を設計に取り込めば、これまでコンピュータには難しかった「表情」「ジェスチャー」「声のニュアンス」などを活かせるかもしれません。 音声対話+表情読み取り:チャットボットを音声アシスタントへ発展させ、表情解析を組み合わせると、ユーザの疑問や感情変化に柔軟に対応可能。 人型ロボットやアバター活用:人間型のロボットやバーチャルアバターとAIを統合すれば、人形遊びのように「話しかける」感覚でタスクをこなせる。 文脈理解によるパーソナライズ:ユーザの意図や背景を推測し、自発的に提案することで、GUI時代とは別次元のインタラクションが期待できる。 こうしたマルチモーダル化、インタラクション性の進化が、楽しみでなりません。 s
7. おわりに
AIの登場は、単なる利便性向上やUI進化にとどまりません。私たち人間が本来もっている「非言語を含む総合的コミュニケーション」を、コンピュータ相手にも発揮できる時代が近づいている(かもしれない)のです。 これまで数十年、コンピュータに合わせて制限されていた私たちの能力が、今後は大いに活かされる可能性があります。 プロダクトやサービスを設計するときも、「わざわざ機械的操作をしなくても意図が伝わる」世界観を想定することで、より豊かで自然な体験を創造できるでしょう。数百万年かけて培われた人間のコミュニケーション様式を取り戻しながらAIと新しい価値を生み出す――そんな未来が、すぐそこに待っています。
おわりのおわりに
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